過ちは認めること

神様は映画監督のようなものです。映画監督が「おまえは、百姓の通行人をやれ」と言ったら、あなたはつべこべ言わずにその役をこなすのです。どんな百姓の娘か、うんと貧乏な百姓の娘か、庄屋の娘かを考えるのです。貧乏な百姓の娘だったら、どうしたら最高に貧乏な百姓の娘らしくなれるか、庄屋の娘だったら、どうやったら最高に庄屋の娘らしくなれるかを考えるのです。そして一生懸命に歩くのです。

どんな役であっても、一生懸命に通行人を演じていれば、そのうちひと言、ふた言でも台詞がもらえるようになります。たったひと言、ふた言でも、その台詞を一生懸命にやっていれば、いつかはもう少しましな役もくるのです。与えられた役を一生懸命にやるのです。

子供や夫、妻、家族、周りに振り回されていると思うから、腹が立つのです。会社の社長に使われていると思うから、残業もイヤイヤやって、成果があがらないのです。「この世は、自分以外は幻なんだ。神様が全部指示を出している」、そう思うのです。その指示に従って、一生懸命やってさえいれば、神様はあなたにもっといい舞台衣装をくれるのです。

何事も最初が一番大変です。でもやっているうちに段々とコツがつかめて、どんどん楽になってきます。もしどんどん悪くなっていくとしたら、それはやり方が間違っているだけなのです。神様は誰もいじめようとはしていません。でもうまくいかないときは、それは神様が「やり方が間違っているよ」と教えてくれているだけなのです。

やり方が間違っているのに、そのやり方を変えようとしない人は、自分の過ちを認めたくないのです。

ビジネスには成功法則の魔法の杖はありません。しかしビジネスの成功法則というものはあります。あなたがビジネスで成功法則を手に入れたいのであれば、ビジネスの成功法則を知って、覚えて、実践してください。ビジネスの成功法則は決して難しいものではありません、常識的な成功法則ですがビジネスの成功法則には継続的な努力が必要になります。

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